アート・オブ・ホスティングに飛び込んだ理由

──「何のためにペンを握るのか」を探し続ける途中で

目次

はじめに|

この記事は、
私が アート・オブ・ホスティング(Art of Hosting/以下 AoH) に参加した体験を通して、

  • なぜ参加しようと思ったのか
  • その場で何が起き、何が揺らいだのか
  • そして今、どんな問いを持って仕事に向き合っているのか

を、できるだけ一次情報として残すための記録です。

「学んだ内容のまとめ」ではありません。
むしろ、まだ言語化しきれていない途中経過を含めて書いています。


きっかけは、徳島大学・玉有先生との出会いだった

私がアート・オブ・ホスティングに参加しようと思った最初のきっかけは、
2024年3月17日(日)、宮崎大学で行われたイノベーション教育学会でした。

その場で徳島大学の玉有先生とご一緒にワークショップを行い、
終了後に、これからのキャリアや仕事の悩みについてお話しする機会をいただきました。

当時の私は、

  • 公務員を辞め、個人事業主として事業を立ち上げたばかり
  • グラフィックレコーダーとしては2〜3年目
  • 現場の受注は少しずつ増えてきていたものの、
    「このままでいいのか」という迷いを強く感じている時期

でした。

特に悩んでいたのは、次の3つです。

  • グラフィックレコーディングは手段だとして、何のために描いているのか
  • その場にいる人たちと、どう共有すれば、もっと機能するグラフィックになるのか
  • ファシリテーターが見ている世界を、もう一歩踏み込んで感じたい

そうした相談をしていく中で、
先生から紹介されたのが「アート・オブ・ホスティング」という実践の体系でした。

その言葉に触れたとき、
「これは技術というより、“道”の名前かもしれない」
そんな感覚が残っています。


そもそも、アート・オブ・ホスティングとは何か

ここで、読者の方向けに簡単に AoH の説明をしておきます。

アート・オブ・ホスティングは、
世界各地で実践されている参加型リーダーシップの考え方と実践の体系です。

  • 人が話し合い
  • 聴き合い
  • 意味をつくり
  • 次の一歩を生み出していく

そのための「場」をどう設計し、どうホストするかを探究すること。

特徴的なのは、

  • 手法を頭で学ぶのではなく
  • 実際に場の中に入り
  • 役割を引き受け
  • 身体感覚ごと体験する

という点です。

後から振り返って強く感じているのは、
AoHは「やり方を学ぶ場」というより、
話し合いが“生き物”として動く瞬間を、体で知っていく場だということでした。


「何が学べるのか分からない」まま、赤村に申し込んだ

だから赤村っていうんだ、というくらい真っ赤に染まった赤村の夕焼け

AoHの開催地が福岡県・赤村だと知ったのも、この流れの中でした。

九州開催であること、
そして「今、学びの機会を求めている」という自分の状態もあり、
先生に勧められたその場で「行こう」と決めたのを覚えています。

正直に言うと、公式サイトを見ても、

「何が学べるのかは、よく分からなかった」

というのが本音でした。

それでも、なんだか今の自分には必要な気がする、ピンとくる。
「分からないけれど、一度飛び込んでみよう」
そう思って申し込みました。


参加前の私は、「何のためにペンを握るのか」を掴めていなかった

当時の私は、公務員を退職したばかりでグラフィックレコーディングを事業としてスタートしていました。

でも今振り返ると、

  • なぜ描くのか
  • どんなプロセスの中で描くのか
  • 描いたものが場にどう作用するのか

このあたりを、自分の言葉で説明できるほど、
輪郭を持てていなかったと思います。

「描くこと」はできる。
けれど、その行為が何を支えているのかは、まだ曖昧でした。


トトロみたいな電車の先にあった「道場」

赤村へ向かう道中は、
トトロの世界に出てきそうな電車を乗り継ぎ、トンネルを抜けていく道でした。

会場に着いたとき、まず感じたのはほっとした感覚

一方で、入口に刻まれていた「道場」という文字を見た瞬間、
少し身構えた自分もいました。

「道場……?」
何かが始まる予感と、緊張が同時に立ち上がったのを覚えています。


3泊4日は、洗濯機の渦に放り込まれたようだった

赤村でのトレーニングは、2024年9月13日〜16日の3泊4日。

今思い返すと、
あの時間は洗濯機の渦の中に放り込まれたような感覚でした。

  • これまで見てきたワークショップの常識が揺さぶられ
  • 話が「聴かれ合う」と、場がこう変わるのかと驚き
  • 情報や考え方が、ぐるぐると自分の中を巡る

ただ、その感触は、

「学んだ」「分かった」「すっきりした」

というものではありません。

むしろ、

新しい扉が開いた

そんな感覚だけが、はっきりと残りました。


「グラフィックではありません」と言われる怖さを超えた瞬間

赤村で、特に印象に残っている場面があります。

それは、
グラフィックレコーディングを担うロールを引き受け、
フィードバックをもらう機会があったときのこと。

正直に言うと、

「あなたのはグラフィックレコーディングではありません」

と言われるのが怖くて、
この役割を引き受けるのをやめようかと迷いました。

でも、実際に返ってきた言葉は、

「きちんと意図を共に握り描いてくれて、ありがとう」

というものでした。

上手い・下手を超えて、
意図を持ってその場に立ったことが、
場への貢献になり得るのだと知った瞬間でした。


旭川でもう一度、問いを持って立ってみた

翌年、2025年3月20日〜23日に旭川でのAoH開催が決まり、
私は再び参加することを選びました。

理由はシンプルです。

赤村で全身で感じたものを、もう少し言語化したい。 もう一歩、奥へ進んでみたい。

2回目は、問いを持って臨みました。

  • なぜ私は、ビジュアライズの力を信じて描いているのか
  • 描くことの先で、何を実現したいのか

チームで描くという体験が、視野を広げてくれた

旭川で特に印象的だったのは、
チームでグラフィックレコーディングを描いたことです。

個人で描くのではなく、

  • 視点を分かち合い
  • フォローし合い
  • 実りを一緒に収穫する

そのプロセスの中で、
「場としてお役に立てた」と感じられる瞬間が何度もありました。


まだ道ははっきり見えない。でも、確実に耕されている

正直に言うと、
今、自分のキャリアの道筋がはっきり見えているわけではありません。

それでも、

  • 複雑なものを、複雑なまま扱う
  • 未来につながる問いを真ん中に据える
  • グラフィックで、そのプロセスに伴走する

そんな仕事のあり方を、模索したいと思っています。


おわりに|まだ途中だけれど

思いつくまま、長く書いてしまいました。

もしこの記録が、
誰かが自分の問いに向き合うきっかけになったり、
一歩踏み出す背中を、そっと押せたら嬉しいです。

私自身も、まだまだ「プラクティス」の途中にいます。
また続きを、書いていこうと思います。


子連れ参加でもし迷っている方がいたら

旭川のとき、私は子連れ参加で旭川のトレーニングへ。

でも、やってみて思ったのは、「できる形」は工夫次第でつくれるということでした。

もし今後、旭川などでの参加を子連れで迷っている方がいらっしゃれば、
私がお願いしたシッターさんのことや、子どもたちのご飯の段取りなど、共有できることがあるかもしれません。

ぜひ繋がっていただけたらと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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